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![]() 2代目雅丸船長 |
| 黒潮に恵まれた和歌山県田辺市に位置する,仕立て乗合船です。 親父の後を継ぎ、出船しております。 田辺の海は熟知していますので、是非一度お越しください。 (スポーツニッポン指定店・船上保険加入店) |
2月5日 午後便の釣果![]() ![]() 田辺市の田中さんグループ様 チカメキントキ 30cm〜37cm 15匹 カイワリ 40cm 1匹 オニオコゼ 37cm 1匹 アヤメカサゴ 2cm〜27cm 9匹 ウッカリカサゴ 30cm〜33cm 2匹 レンコダイ 20cm〜30cm 5匹 ![]() ![]() 香芝市の桐山さんの釣果 チカメキントキ 30cm〜37cm 14匹 アカイサギ混じる
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![]() (堺隊員と2人で行ったパジェロミニ) |
5月16日気仙沼市でボランティア活動を行うための移動手段 に車が必要だということで、紀州梅の郷救助隊の隊員の 堺さんと2人で現地へ行って来ました。 車中、先月気仙沼で行った救援活動の様子を 聞かせてもらいました。 当初被災者の方たちのお願いは 全壊・半壊した家屋から、ご家族のお遺体や思い出の 物を探してほしいとのことで、本隊が瓦礫の中から探す 活動を行ったんやと話を聞き、今回気仙沼市に2日間と 少ない時間の中で、自分にもボランティアとして何かお役に 立てることが無いかという想いで気仙沼に到着しました。 |
まず、気仙沼の被災地が先月よりどれだけ復興が進んでいるか 堺さんと乗ってきた車で周辺を見て回りました。 紀州梅の郷救助隊の本隊が訪れた時よりも道路 整備が少しずつ進んでいるとの事でした。 本隊が気仙沼に入った時は、車が入っていける 状態ではなかったと・・・日頃テレビなどで、各被災地 の報道を見て、もの凄い状況だと感じてはいたのですが 実際、現場で目の当たりにすると 言葉を失うとは まさにこの事だと実感いたしました。 堺さんの誘導の元、車は町から離れたのですが 気仙沼港の周辺には小さな港があり、テレビでは 報道されていないが同じように津波に襲われ家屋が 流された現場がいくつもあり、あらためて 東日本大震災の猛威というかすさまじい威力と 破壊力に驚きと恐怖を感じました。 街の復興にたずさわる多くの機動隊や警察の方 工事を進めている方々を横目に前回の訪問場所である、 避難所へと車を走らせました。 |
![]() (駅の近くまで流れ着いた300トン近く あるであろう巨大な船) |
![]() (気仙沼港周辺 地盤沈下でいまだ海水が引いて おらず、海に浸かったままの状態) |
淨念寺というお寺の本堂に38名の方が避難されてました。 前回に本隊が避難所を訪れた時には100名からの方々が 避難生活を送っておられ、 また、その当初の悲惨な状況と被災された方たちの苦悩を 直接聞かせていただき、 ここに来るまでは、頭の中に励ましの言葉など色々と 考えていたのですが、何も声をかけれず、ただただ みなさんの話していることを隣で聞いている事しか できませんでした。 ですが、みなさんと一緒に時間を過ごすうち、逆に 「どこから来たの?」と声をかけていただき、 少しずつ言葉を交わすことができ、交流を持つことができました。 その中のお一人で、千葉さんという女性の方がおられ、 堺さんと3人で千葉さんの誘導の元 陸前高田市へ車を走らせました。。 |
気仙沼市から山へと車で向かい、山から下りて海に向かう のですが、途中まだ海が見えない辺りから川沿いの民家が あったであろう場所が、津波によって流されておりとても長い 距離を津波が襲ってきたのだと最初に感じました。 川沿いをぬけ海が見えてきたとき、広大な陸前高田市が目に 入ってきて、それはもう なんて言葉で伝えたらよいのか 分からない状況で、ここに戦争でも起こったのかとも思えるような とても自然の力でこのような事態が起こるのかと、辺り一面何も ない状態で何もかも海に引きずられて無くなってしまっていた。 千葉さんが働いていという病院の跡地に連れて行っていただき、 震災があった当初の話を聞かせて下さいました。 看護師をされていた千葉さんは、地震が起こった時入院され ている患者さん達を先に避難することに追われ、全員避難 の確認をして自分たちが避難する頃には津波が襲ってきたと 車に乗って、山手に向かったが渋滞のため車を乗り捨て 命からがら逃げたのだと 当初のすさまじかった出来事を 話して下さいました。 |
![]() 陸前高田市 千葉さんと堺隊員 (かつてここに千葉さんが働いていた 病院があったという) |
![]() (千葉さんの家がここにあったそうです) |
それから、気仙沼に戻り千葉さんが住んでいたという場所を 案内してくれました。 瓦礫の中を抜け、辿り着いた先にあったのは、大きな船の 下に千葉さんが「ここに私の家があったの」と言葉を失いました。 あり得ない場所に大きな船が何隻もうちあげらており、 焼けた車に原型が分からない状態の車が散乱し、ここにかつて 大きな町があったことが信じられない壮絶な光景がずっと 続いておりました。 復興には、かなりの時間と労力が必要だと話をしながら、淨念寺 に戻りました。 |
震災があった日から3か月近く経ち少しずつではありますが、 復興または、被災者の方々の生活が変わってきています。 ですがまだまだ足りないものや人手などが必要としていることを 知り、これから自分は何ができ、支援していくべきかを考える ことを、この淨念寺で新たに思い直しました。 最終日、僕一人電車で帰宅となったのですが、堺さんは もうしばらく、ここにとどまり、次に本隊がまた訪れたときに どんなボランティア活動ができるか?もっと多くの避難所や 被災者の方の声を車で聞いて回りたいと残られました。 淨念寺で皆様に「ありがとうございました」「お世話になりました」 としか言えず、気仙沼駅へ堺さんの車で向かう中 千葉さんも一緒に見送りに来てくれたのですが、 駅に向かう車中で、「さびしくなるね」「見送りはやっぱりつらい」 と出会って間もない自分に声に掛けられた時、 色々な思いで、胸にグッときました。 何も出来なかったのですが、自分はこの紀州梅の郷 救助隊に入隊してよかったと思いました。 そして、次に紀州梅の郷救助隊がボランティア活動する際は、 自身も参加し、一生懸命したいと心に決め気仙沼を後にしました。 またその際には、釣りを楽しみにして下さっている お客様にはご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、 活動に参加する際は事前にホームページにてお知らせをさせて いただきたいと考えておりますので ご協力の程よろしくお願いいたします。 |
![]() (中学校のグラウンドに仮設住宅が 出来ていました) |
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貸し道具に新たにSHIMANO電動丸を 11台購入致しました 釣りが初めての方でも安心して 深場での釣りが楽しめると思います 料金は(竿込み)2000円です ご予約の際にお申しください |